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ハンガリー狂詩曲(全19曲) Complete Hungarian Rhapsodies 

作品の成立

リストはオーストリアとハンガリーの国境近くにあるライディングに生まれた。リストの父はこの村の公爵の領地で管理人を勤めていた。そのような理由から、彼あ生涯ハンガリーへの愛国心を持ち続けた

リストは1859年に「ハンガリーのジプシーと彼らの音楽」という本を書いたがその中で、少年時代に聴いたジプシーの音楽に非常に感銘を受けたことを回想している。興味本位ではなく、本来の自然環境の中でこれらの音楽を体感したのである。彼はジプシー音楽、もしくはハンガリー音階というものを徹底的に研究し、それが「ハンガリー狂詩曲の下地となったのである。

リストはまず1840年に11曲の「ハンガリー民族全集」という編曲集を完成した。1846年にはその続編として「ハンガリー狂詩曲集」6曲を出版。これらの曲を材料として、「ハンガリー狂詩曲」全20曲を作曲し、そのうち19曲が出版された。

第1グループの1番から15番までは1840年から1854年にかけて作曲されたが、本格的に曲作りに専念したのはピアニスト活動に一応の終止符を打った1847年から。3番から15番までが1853年に出版された。

第2グループは約30年後の1882年から85年にかけて作曲されている。

楽曲解説

第1番 嬰ハ短調
1851年に出版された。正確な作曲年代は不明だが、おそらく1946年の作品。曲は大きく、アンダンテ、アンダンテ、アンダンティーノ、アレグロの4部に分けられる。

第2番 嬰ハ短調
全曲中、最も有名な曲というだけでなく、リストの全作品の中でも特に有名な作品。全編をとおして美しい楽想がふんだんに盛り込まれているが、特にラスト3分のクライマックスは近年のTVのコマーシャルなどでも使用されているほど。「ハンガリー協奏曲」が現在でもCD化されているのは、この曲の負うところが大きいのかもしれない。1947年に作曲されて1851年に出版された。

第3番 変ロ短調
1853年の出版。和音の用い方が極めて個性的で、ひとつの和音に長3度と短3度を混合して現代的な感覚をあらわしている。

第4番 変ホ長調
1853年の出版。3部構成で、1部と2部は遅いテンポになっている。

第5番 ホ短調「悲劇的な英雄の詩」
A B A B A というパターンにまとめられていて、Bは最初がト長調、2回目はホ長調でになっている。この手法はソナタ形式の主題の扱いを想起させる。

第6番 変ニ短調
第2番とともにとても有名な曲。第2番とおなじく序奏のついたチャルダッシュの形で書かれている。序奏、プレス inserted by FC2 system