ベニスに死す
『ベニスに死す 』 (1971)
(原題:MORTE A VENEZIA/DEATH IN VENICE [米])

監督・製作:ルキノ・ヴィスコンティ Luchino Visconti 
製作総指揮: Mario Gallo マリオ・ガッロ

原作: Thomas Mann トーマス・マン

脚色: ルキノ・ヴィスコンティ Luchino Visconti
    
ニコラ・バダルッコ Nicola Badalucco

撮影: Pasqalino de Santis パスカリーノ・デ・サンティス

音楽:グスタフ・マーラー  Gustav Mahler
    
「マーラー:アダージェット(交響曲第5番 第4楽章)
    
Mahler: Adagietto (from Symphony No.5)」

出演: ダーク・ボガード Dirk Bogarde<グスタフ・アッシェンバッハ>
    
ビョルン・アンドレセン Bjorn Andresen <タジオ>
    
シルヴァーナ・マンガーノ Silvana Mangano <タジオの母>

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ベニスに死す(1971)
劇中でマーラーの「交響曲第五番」第四楽章の≪アダージェット≫が、6回(うち1回はピアノ)に渡って使われており、まるで≪アダージェット≫のために作られたかのような映画。
1970年代前半に世界的に起こったマーラー・ブームきっかけともなった。

人によって鑑賞後の印象がずいぶんと異なる映画で、歴史に残る名作という評価もあれば、単なるホモ親父のストーカー映画という意見も多い。公開直後は賛否両論だった。


交響曲第五番
タイトルバックにいきなり登場する≪アダージェット≫。この映画によって「交響曲第五番」はマーラーの交響曲の中でも抜きん出て知られることになった。

ヴィスコンティ談-------------------------------------------------------------------

いろんなアイデアや方法があったし、マーラーの多くの作品を何度も繰り返しきいてみたさ。それどころか、もっと他の音楽を探し出しては、場面に当てはめてみたりもしたんだ。
そしてあるとき「第五番」の≪アダージェット≫を試してみて、この曲こそ画面と完璧に一体化することが分かったんだ。まるでこの映画のためにあるようだった。画面のイメージやカット割り、内容にぴったりだったわけさ。



静養のため島を訪れた作曲家
1911年のベニス、リド島を静養のため島を訪れた作曲家のグスタフ・アシェンバッハ。

生を求めるつもりの旅が結局は彼を死に至らしめてしまう。

だが、このときの彼はそれを知るよしもない。


ヴィスコンティ談-------------------------------------------------------------------

小説の
アシェンバッハはかなり成功した作家だったけど、基本的に映画では作家よりも音楽家にしたほうが表現しやすかった。それが出発点さ。
しかしアシェンバッハを作家から音楽家にかえたとしても、トーマス・マンの小説がどれだけ実在した音楽家、つまりグスタフ・マーラーに刺激を受けて小説を書き上げたかについては言っておきたいと思う。

マンとマーラーの出会いはほんの束の間だったにもかかわらず、彼はその直後に「我らの時代における最も神聖であり、最も真剣な芸術家」と手紙で書いているんだ。医学雑誌でマーラーの苦しみを知り、彼の死の知らせを聞いたことに深いショックを受けたとも認めているんだ。
アシェンバッハの名前がグスタフだといのも、もちろん偶然なんかじゃない。


美少年タジオ
滞在するホテルでひとり過去の自分と対峙しつつ、物憂い思いに囚われていたアシェンバッハは、ふと見かけた美少年タジオに愕然とするとともに、美しいものを目にした喜びを感じる。

ヴィスコンティ談-------------------------------------------------------------------

これは僕の昔からのあこがれを実現したものだ。
美しいものに憧れる芸術家と、その生活との間に存在するものとの対立。
あらゆるものを超越したその存在と、彼の階級意識とのあいだに介在する不調和というテーマは、いつだって私を虜にしてきた。

しかしこのテーマに取り組むためには、自分自身が成熟するための時間が必要だった。

この作品はの生涯の夢なんだ。トーマス・マンの原作には学生時代から夢中だったよ。映画監督になる前は劇化かオペラ化したいと考えていたんだ。


タジオの後姿を見送る作曲家
タジオの後姿を見送る作曲家は、一瞬振り返った少年と視線を交わす。

術に絶対の「美」を求めてきた彼は、その「美」を少年の中に見い出したのだろう。

ヴィスコンティ談-------------------------------------------------------------------

音楽家アッシェンバッハは生涯かけて絶対的な美というものを作品にしようとしていたんだ。
しかし年をとるにつれ、自分の望みが空しいものと気付いたんだ。そうなるとエロスの介在が不可欠になってくる。
僕はこれを真実と想像のバランスを保ちつつ、現実的であると同時に幻想的に描きたかった。
タジオはアッシェンバッハの前に突然現れて、死をもって完結すべき人生の昇華へと音楽家を導いていく。
少年は生の象徴だけど、その独特の雰囲気は刺激的かつ退廃的な美の象徴でもあるのさ。

そしてトーマス・マンは結婚についての作品で、「美を見つめる者は、死の手に捕われるだろう」と書いているんだよ。


心を奪われてしまったアッシエンバッハ
すっかり心を奪われてしまったアッシエンバッハは、場所を問わず少年を追いかける。

タジオも作曲家の視線に感づいている様子。



ヴィスコンティ談-------------------------------------------------------------------

デカダンス(=退廃)。
もはや決まり文句になってしまった言葉だ。この言葉がもともとの意味とは反対の意味で使われているのはとても残念だね。不健全なことのように扱われているけど、デカダンスとは、芸術を理解する一つの方法にすぎないのさ。


タジオに振り回されるていると感じたアッシェンバッハ
しかし、タジオに振り回されるていると感じたアッシェンバッハは、ベニスを後にしようとする。「さよならタジオ…」。

しかし、トラブルのため列車が出ない。


ヴィスコンティ談-------------------------------------------------------------------

前の作品ではナチズムの誕生を描くためにドイツを舞台にしたけど、それがミラノであってもかまわなかっただろう。
の最近の作品の暗さ、救いようのなさは、この映画にもかなり出てるんじゃないかな。


ベニスに引き返すアッシェンバッハ
ベニスに引き返すアッシェンバッハの表情は、しかし幸せに満ち溢れている。

ここでもBGMで《アダージェット》が流れる。


ヴィスコンティ談-------------------------------------------------------------------

「第10交響曲」の第1楽章を当てはめることも出来たかもしれない。だけどなんといっても
《アダージェット》のほうが効果的だった。
「亡き子をしのぶ歌」ですら画面には合わない。ニーチェの美しい詩が歌われる「第3交響曲」の第4楽章を選ぶのも1つの手だった。
?おお人間よ、こころして聴くがいい! 私は眠っていた。今こそ深い眠りから目覚めたのだ!?
だけど、この詩は残念なことにドイツ語を分かる人にしか、理解出来ないんだよ。


アッシェンバッハの回想
グスタフ・アッシェンバッハの回想。

この後、子供は病で死亡してしまう。

まさにグスタフ・マーラーの家庭生活を描いたかのようなシーンである。


ヴィスコンティ談-------------------------------------------------------------------

マーラーの娘の1人はほんとうにアルプス地方で、確かジフテリアで亡くなって
いるからね。もちろん事実を正確に関連づけるよりも、ほのめかすことのほうが大切なのさ。


「エリーゼのために」を弾くタジオ
ホテルのホールで「エリーゼのために」を弾くタジオ。

ヴィスコンティ談-------------------------------------------------------------------

これは実は即興で決まったことなんだ。僕はタジオがピアノを弾く場面が撮りたくて、ビョルン・アンドレセンになにか弾けるなら聞かせてほしいと頼んだら、彼が「エリーゼのために」を弾き始めたんだ。その録音を次の娼館のシーンでも使ったというわけさ。


>アッシェンバッハの娼館での思い出
アッシェンバッハの娼館での思い出。

ヴィスコンティ談-------------------------------------------------------------------

要するに
アッシェンバッハは現在のタジオと思い出の中の娼婦を結び付けていたんだ。
何年も前にかかった「熱病」と、タジオにたいするいかがわしい「罪」な面とを結び付けていた。
彼は再び自分の弱みをさらけ出すことになったんだ。



再びストーキングをはじめるアッシェンバッハ。少年の一挙一動に心を奪われてしまった彼は、人間の美しさを再び信用しようと思い始めるのだが…

水着を着た少年がくるくると回廊の柱を回る、ケン・ラッセルの映画でも引用された名シーン。

ヴィスコンティ談-------------------------------------------------------------------

タジオを少し娼婦的に表現したいと望んでいた。僕の頭の中には、肉欲的な魅力と子供の持つ純真さをどうやって統合させ、しかも別々に表現しようかという思いがあったんだ。
ついでにいうと、娼館の女がちょっとタジオを想わせるのは、彼女に子供のような純真な面があるからさ。

それから「ファウスト博士」を想い起こすかもしれない。あの本を読んだ人ならね。


要するにタジオとはアッシェンバッハの人生の両極のあるものの、片方を具現化したものに他ならないのさ。


悪性の疫病がベニスに蔓延しはじめていた
街にはすでに悪性の疫病がベニスに蔓延しはじめていた。

それに気付き、どうしていいかわからず呆然とするアッシェンバッハ。

ヴィスコンティ談-------------------------------------------------------------------

アッシェンバッハはもちろん、トーマス・マンを基本にしたものと、グスタフ・マーラーを基本にしたものとから成り立っている。


アシェンバッハの幻想
そのことをなんとかしてタジオに伝えたい、美しいものを汚されたくない!

そんなアシェンバッハの幻想。実際にはなんの行動も彼はおこせない。

ヴィスコンティ談-------------------------------------------------------------------

マンを基本にしたものとは、いわゆるイデオロギー的なカットバックにあたる。
小説の素朴そのものが、例えば美についての対話のように再現されているんだ。


ホテルの美容室に出かける作曲家
なんとか肉体的に若返って立ち直ろうという気になり、ホテルの美容室に出かける作曲家。

理髪師で髪を黒く染め、紅をさされて血の気のなかった唇が赤みを帯び、小皺にはクリームを塗られ、若返った若々しい自分を彼は鏡の中に見出すのだった。


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白化粧は「死」を連想させるものだが、ここでは「生」への願望を表している。彼は最後に生きようとしたのだ。


汚物を焼く煙が立ち昇る街並み
コレラの消毒液の異臭と、汚物を焼く煙が立ち昇る街並み。老いの孤独と死の予感を感じつつもタジオを追いかけるアシェンバッハ。


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不吉な死を誘う堕天使ラファエルのよう...
ここでのタジオは永遠の美の象徴などではなく、不吉な死を誘う堕天使ラファエルのよう...。


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美しきもの眼にした者は、すでに死神に囚わたも同じである。
(A・V・プラーテン「トリスタン」より)


老いを嘆き絶望を感じるアシェンバッハ
「美=生」を感じ、それを求めようとしたとき目の前には…。

老いを嘆き絶望を感じるアシェンバッハ。


ヴィスコンティ談-------------------------------------------------------------------

前作では母親と息子のエディプス・コンプレックスを描いたが、この作品では老人の少年に対する関心を描いてみた。
僕の映画にフロイト的なものを見出そうとする人がいるけど、確かにその要素は作品のいたるところに見出されるかもしれないよ。



砂浜のデッキチェアで最後のときを向かえるアシェンバッハ。

ヴィスコンティ談-------------------------------------------------------------------

『ペニスに死す』のテーマは、僕のなかで長年あたためられてきたものなんだ。
そして、老境に入った一人の芸術家における「芸術と生活の暮藤」というテーマを必要とする時期にきていたし、僕自身そうした状況にあったわけだ。
だから、僕ばそれに取り組み、映像として完成させたのさ。


「永遠の美」の幻影
タジオの後姿に見出したのは音楽家が生涯をかけて追い続けた「永遠の美」の幻影だったのかもしれない。

BGMは当然のごとく≪アダージェット≫。

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感動的なフィナーレ。

しかし時代とともに作品に対する評価は変わるもの。
はたしてあなたは…


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