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さすらう若人の歌

作曲:1884〜85年 改定:1891〜96年
初演:1896年3月、ベルリンでマーラー自身の手によって行われた
出版:1897年フルスコア、ピアノスコアが別々に刊行

マーラー自身の作の詩による4曲の連作歌曲。マーラー初期の代表作である。
歌手のヨハンナ・リヒターへの思いをそのまま表現ししている。
「ぼくは一連の歌曲を書いた。それらは全て彼女に捧げたものだ。彼女は僕のことを知らないけれど、これらの歌は彼女が知っていることを歌っている」

また、友人のフリードリヒ・レーアにあてた手紙では「運命に弄ばれたひとりの旅する男が、いずことなく世間にさすらってゆく」と説明している。

この時期のマーラーは「子供の不思議な角笛」を詳しくは知らなかったようだが、マーラーは幼いころから民謡に親しみ、3〜4歳の頃にすでに数百曲の民謡を覚えていたというから、この曲に現れている民謡調の詩や旋律は、その頃すでに身についていたものなのかもしれない。

恋人が別の若者の花嫁になるという設定は、シューベルトの「冬の旅」と共通している。とはいえ、失われた愛をテーマにするというのは、現代でも頻繁に行われている普遍的なものであるから、誰かの模倣というわけでもないだろう。




第1曲<彼女がとつぐ日>

華やかな婚礼の音楽を思わせる独特の旋律がこの曲の中心楽想で、固定観念のように若者につきまとう。

‘いとしい彼女がとついでゆくと、幸せそうにとついでゆくと
悲しい日々が僕を襲った’

「最後までひっそりと、悲しそうに」と指定されていて、愛する恋人に裏切られた悲しみを哀切に歌ってゆく。

第2節で

‘青い花よ!青い花よ!しおれるな
やさしい小鳥よ!やさしい小鳥よ!お前は緑の野原で歌う’

と歌い、第3節では

‘鳥よ歌うな!花よ咲くな!
春はすでに過ぎ去ってしまった’

と歌われ、感傷的な表情は深まり、最後はさびしそうに終わる。


第2曲<朝の野原を通ったときに>

この歌の冒頭の旋律は「第1交響曲」の第1楽章にも使われている。

若者の前に太陽に満ちた世界が開けて、この世の美しさをたたえる鳥や花たちの挨拶が明るく歌われる。

‘朝の野原を通ったときに、
草の葉に露がおりて、鳥たちが陽気に語りかけてきた’


曲の最後で速度が落ちるとともに、すべての幸福からとり残された悲しみの表現となる。

‘それじゃあ、僕の幸福は開けるのかい?
いや、いや、僕は思う
僕の人生に花咲くことなんて有り得ないさ’


第3曲<ぼくは真赤に焼けたナイフを>

「嵐のように激しく」と指定されたドラマチックな展開の、絶叫調ラヴ・ソング。
?O weh !?という叫びが絶え間なく繰り返される。

‘僕は真っ赤に焼けたナイフを持っている
一本のナイフを胸の中に
なんて苦しいんだ! そいつは深く突き刺さってる’


やがて調が転じて速度を落とし、曲想が変わって第2部に入る。

‘僕は眠っているときにも何て苦しい!
大空を仰ぐとき、そこに彼女の青い目を思い出す’



第4曲<彼女の青い眼が>

彼女の青い目という歌詞が全曲からの流れを連想させる。
「さすらう若人」というコンセプトはこの曲で本格的に表現されている。

‘僕の恋人の青い目が僕を追い立てた
そして僕は大好きな土地から去らなければならなくなった’


第2節後半の路傍に菩提樹を見出す部分では、曲の表情が柔らかくなり安らかな憩いが歌われる。

‘道端に1本の菩提樹が立っていて、
僕はようやく眠りの中に安らいだ’

この曲の途中に出てくる旋律は、「第1交響曲」の第3楽章にも使われている。


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